【自動車エンジニアが教える】減圧バルブのデメリット・危険性を共有する

手頃な価格でエンジンの損失を低減できる部品、クランクケース減圧バルブ。内圧コントロールバルブとも言われますね。

2輪、4輪問わず、製品ラインナップも多岐に渡っており、クルマやバイク好きの方から人気を集めている部品です。

そんな減圧バルブの危険性については、しかしながらあまり知られていない事象がある気がします。自動車エンジニアの私が開発中を通して学んだ減圧バルブの危険性について、お伝えします。

この記事の著者 しげ
自動車エンジニアであり自動車マニア。

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手頃な価格で駆動ロス低減。レースでの採用実績も多数の減圧バルブとは?

まずは、減圧バルブについて。

その名の通り、エンジンやトランスミッション内部の圧力を下げる機能を持った部品です。圧力が下がることで、内部を運動する部品の空気抵抗が減りますね。

これにより、部品の動きを阻害する空気の量が減って、スムーズな動きや高い出力を得ることができるようになるというものです。

特に、ピストンによってクランクケース内の容積変化が大きいエンジンでは、その効果は絶大です。ひとたび調べれば、トルクや出力を測定したデータなども公開されており、減圧効果や損失低減が数字で証明されています。

この減圧バルブの魅力は、なんといってもその手軽さ
費用は数万円、取り付けも半日あれば余裕で作業を終えることができますから、価格の面でも、取り付け工数の面でも、手が出しやすいです。

小型で軽量の割に損失低減の効果が期待できるので、レースの世界でもMOTO GPやF1のエンジンに採用実績があると言われています。

第6回 内圧コントロールバルブ講座

一般的なデメリット

低価格、小型軽量、高い損失低減効果。そんなメリットばかりに思える減圧バルブですが、デメリットにもしっかり目を向けなくてはなりません

一般的に言われているデメリットには、次のようなものがあります。

  • ダストの吸入
  • オイル劣化
  • バルブの定期メンテナンスが発生

ダストの吸入

ダストの吸入に関しては、クランクケース内の圧力が大気圧よりも低くなるので、外のゴミをケース内に吸い込むように圧力が作用してしまいます。

程度の差はありますが、純正状態からは悪化方向です。

オイルの劣化

減圧バルブを取り付けることで、オイルの劣化が進んでしまう場合があります

通常、クランクケース内は換気されており、エンジンオイルの劣化を防いでいます

クランクケース内は、ピストンリングの間から侵入した混合気やオイルミストで満たされており、これがオイル劣化を促進させるんです。そこで、クランクケースからエンジンのインテークマニホールドへ経路を設け、クランクケースからブローバイガスやオイルミストを掃き出すのです。

代わりに、クランクケース内にはエアクリーナーボックスを通過したフレッシュなエアを取り込み、適度に換気を行う。

これが一般的なエンジンの負圧回路です。

ちなみに、インテークマニホールドへ吸い出されたブローバイガスは、燃焼室で燃やされます。

ところが、減圧バルブを取り付けることによって、この掃気機能が殺されてしまいます

クランクケースから積極的に気体を排出し、外から気体を取り込まないことで圧力を低減させるためのバルブなので、当然といえば当然です。

NOTE
オイルの長寿命化をメリットとしてうたう減圧バルブもありますが、純正の負圧回路のほうが外気を積極的に取り込むため、効果的に掃気してオイルを長寿命化できます。
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あまり知られていない危険なデメリット

そんなデメリットですが、ダストの吸入やオイル劣化は、オーナーが気をつけてオイル管理をすることでカバーすることができます。

ところが、そんなことでは済まない、更に恐ろしい危険性があることをご存知ですか?

これを理由に、モータースポーツでも採用を取りやめたケースもあります。

しげ

油圧系統へのダメージのリスクがある

それは、エンジンの油圧不良や、エンジンオイルポンプのキャビテーション壊食です。

クランクケースの圧力が低下することで、オイルポンプが十分な量のオイルを吸えなくなり、必要な油圧を確保できなくなる。それだけではなく、オイルポンプ内部にも致命的なダメージを負ってしまうのです。

負圧下ではオイルポンプがうまくオイルを吸入できない

そもそもオイルポンプというのは、内部で負圧を作り出してオイルを吸入し、圧送しています。これは内接ギヤポンプでも外接ギヤポンプでも、ベーンポンプでも、どんな種類のポンプでも変わりません。

ところが、吸入元であるクランクケース内が負圧になると、オイルポンプで負圧を作っても、うまく吸入できなくなってしまいます。圧の低いところから吸い上げるオイルには、場合によってエアが発生しています。

標高の高い山では低い温度でお湯が沸騰してしまう原理と一緒です。

しげ

ポンプ内で負圧を作ってもうまく充填できず、エアも発生している

その結果、エア混じりのオイルを吐出することになり、必要な油圧や潤滑量をまかなえなくなってしまう、というわけです。

減圧バルブとオイルポンプでクランクケース内部の流体を吸い合ってしまう、といってもイメージできるでしょうか?

しげ

キャビテーション壊食によるオイルポンプ損傷

さらに恐ろしいのは、オイルポンプのキャビテーション壊食

エロージョンともいいいます

しげ

引用元:谷、井筒、小河原、渡邊、小川、トロコイドポンプにおけるキャビテーション挙動のCFD解析、自動車技術会論文集 Vol.51, No.1, January 2020、P.181

これは、上で説明した「うまくオイルを吸入できない」ことに関係しています。先に説明したとおり、減圧バルブによって、オイルには極めて気泡が発生しやすい状態です

ところで、オイルポンプは一般的に、内部での圧送中よりも、吐出量した先のほうが油圧が高い状態となります。 したがって、オイルポンプが吸入を終えて吐出するときには、オイルが吐出先からオイルポンプ内のロータ内に吹き返してくるのです。
吸入したオイルにエアが混じっているほど、この吹き返しが強くなります。

この吹き返し、実は、瞬時に油圧が下がってまた吐出圧に戻る、という現象が起きています。

これによって、油中のエアが膨張後に収縮し、最後には潰れきって消失する。このときに発生する圧力波が、オイルポンプのハウジングやロータにダメージを負わせるのです。

特に、エンジンを高回転で回しているときにリスクが増大します。

こちらは媒体が水の事例ですが、キャビテーション壊食のメカニズムを説明した動画を紹介します。

動画中では、エアが収縮するとき、逃げ場を失った圧力エネルギーが ”micro jet” として壁面を攻撃している様子が説明されています。後半では、キャビテーション壊食したウォーターポンプのインペラーが紹介されています。

ひどい損傷です。

実は減圧ポンプなどつけていなくても、このキャビテーション壊食は発生する恐れがあって、これを防止するためには、「オイルポンプがオイルをよく吸えるようにする」ことに注力する必要があるのです。

だからこそ…減圧バルブを後付してクランクケース内を減圧するなんてことは、とても恐ろしくてできません

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重要なのはリスクを理解して取り付けること

こういったリスクがあることから、実はレース用エンジンでも採用を見送ったケースがあります
デメリット対して払わなければならない技術的なコストが割に合わなかったからです

対策ができないわけではありません。

例えば、「オイルポンプの圧縮率を上げる」ことでキャビテーション壊食の対策をすることもできます。ただしこれをするとオイルポンプの駆動トルクが上がってしまう

でもそれではなんのために減圧するのかわかりませんよね。本末転倒です

油圧系統の故障リスクやコストに対して、期待できる風損低減が小さく、採用を取りやめるケースも少なくないのです。

重要なのは、リスクを正しく理解して、それでも十分効果が見込めるかどうか、デメリットを受け入れられるかどうかを考察することです。

まとめ

本記事では、あまり知られていない減圧バルブのデメリットについて書きました。

減圧バルブそのものに問題があるわけではありません。 重要なのはメリットとデメリットを正しく理解して楽しむということです。

お読みいただきありがとうございました。しげでした。

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